No.11

道のり(3)
”Why long face?"

自由と、友人を守ることの間で揺れ動き続けました。

あのあばら家を後にしてマンションに引っ越し、親友のおばあ様は私に泣いてすがりました。私は親友の従姉にうんざりしていたし、何より高校受験の時に体に無理のきかない人と成績の差がどんどん開いていくのを無視することはできませんでした。父の購入しようとしていたマンションはちょうど、学区の重ならない地域に位置し私の心配を少し削りました。

都市部から郊外へ。それは私の適応したことのない場所で、左手で箸を持つ私に「障碍者!」と呼ぶ人がいるほどの文化の差がありました。傷つくほどの繊細さを持たない私はそれを自分のキャラクター付けとして利用し、あらゆる人に名前を覚えさせました。ただし、あまり有用な人物が見つからず次第に興味を失いました。

高校受験を終わらせた私は、合格通知を手にある人物を訪れました。引っ越すまでの間、ほぼ毎日顔を合わせていたのですが、約1年半の間に彼女は亡くなっており落胆しつつも、彼女の鍵のかからない扉から入り彼女のお気に入りだったあるものを撫でて、そうして立ち去りました。満州出光に勤めていた彼女の旦那様と一緒に持ち帰ったという小さな置物です。

私は店の近所にいた黒人男性と顔なじみになりました。どんなにできが悪くても言語能力は別です。そのうちに私は科学雑誌を日本語から英語に、そして科学雑誌をやめて言語を志すことにしました。この黒人男性はJosephといい、弟と一緒にあの一帯の地主さんのマンションを借りて住んでいました。この地主さんに悪気がないのはわかっていましたが、「あの黒人と口を利くのはやめろ」と言われてしまい、面食らったことがありました。実は、彼は日本語をほぼ話さないので漏れることはないだろうと思い自分の悩みを打ち明けていました。彼はいわゆる典型的なカトリック教徒で、私に「ふしぎのメダイ」をひとつわけてくれて言いました。「学校には、ちゃんと行けよ。何とかなるよ。俺も祈るし、神父様だってたくさん祈るんだ。」

私は祈りたかったけれど、祈る言葉を持たないままではいられないだろうと感じていました。今度は、親友を見送らねばならないかもしれない…と思っていたからです。畳む

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