2025年9月9日の投稿1件]

正しくなんかないんだけどさ、欲望のままに、またはその人が必要なだけ全部を消費し続けるのって本当にいいのかなって思うことがある。昔うちの店に来てた銀行員や受付係といったお堅めの窓口さんたちは一ヶ月に二回ヘアカットしてたし、髭剃り、うなじの仕上げというルーティンを回し続けてたけど1997年の不況からそれをやめていったら売り上げは確かに減ったけどまともな生活時間を得ることができた。それまではぶっ倒れようが体調が悪かろうが物理的にその仕事量が終わらなければ更に次の日に延長されるだけで長椅子の待機列が伸びるだけ、でも夜の11時まで頑張ってもねえ、それでお客さんたちは「じゃあ朝や昼に来るか!」ってなることもなかった。お金があれば何でも消費し続けることができるっていうのはただの幻覚か幻想なんじゃないかな、そのお店や場所を作れる人がどれだけいるかにかかってるんじゃないの?お金を持っているお客がいることで続くことはあるけど、まずその商業をスタート・継続できる環境が整っていなければ、誰もその商業スポットを作り出すことはできない。自力でとまではいかなくても、個々人の持つ財産を担保に金を借りられる人がどれだけいるか、その人たちがどれだけ始めてくれるかじゃないのかなって思うわけですよ。

グダグダ書いててごめんね、今の商業環境・労働賃金(賃金だけで個人事業スタートできるかどうかの問題)のかみあわなさがあんまりにもひどいからさ、納得いかないんだよね。なんかおかしいよね。

■---my---

忘れたいことたくさん、忘れられないことたくさん

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